2012年09月08日

どう生きるか、の軸


余裕のあるとき、ほんのたまに、自分に課している簡単なチェック項目。

明日、ここで自分の人生が終わることを告げられたとしても、
「ああ、懸命に生きた、これでよかった」と思えるかどうか。

いいことも悪いことも、
下手したら淡々と続く長い人生のどの瞬間を切り取っても、そう思えるかどうか。



言うのは簡単であって、実際にそうあるのは難しいかもしれない。
でもできるだけ、そうありたいと思いながら歩いている。

日々を精一杯の自分で生き抜き、
どこを切り取っても、
「これでよかった、これ以上にもこれ以下にもできなかった、通るべくしてこの道を歩いてきた」と思える自分でありたい。

オイシックス社長である高橋宏平氏の、創業にまつわる本を読んだ。
 (『Life is vegetable』)
その中に、「人生の中で“なにかに夢中になっている時間”を増やすことが成功の道につながる」というコメントがあった。

きっとそうなのだろうな、とは思えるけれど
超ポジティブ志向でもない私は、自省する時間、がっかりする時間、ドン底まで落ちる時間、
嘆き悲しむ時間、ぼんやりする時間、そんな時間だって、ポジティブなことを考えている時間と同じくらい、愛しく思ってしまう。 そんなどうしようもない時間こそが、自分らしい、ということだってある。

だから、生活の中のすべてがポジティブなベクトルに向かって動いているわけでは決してないけど、「なにかに心が大きく振れること」はずっと大切にしてきたし、それが自分の軸であるとあらためて思った。

なにかの外的要因から、自分の心が小さくとも揺れたとき。
その波紋を見逃さずに、自分の中に波動が起きるまで、自分を揺さぶってみること。

そうやって新しいエネルギーが生まれてくるようなことが、よくあるような気がする。
これかもしれない、と思ったら、目をかけてみる、手間をかけてみる、片足突っ込んでみる、
そしてなにか確信のようなものが芽生えてきたら、よいしょっとそっちのコースに乗ってみる。

なんとなく、そんなふうにして選んできた道だった。
結果、ある程度、自分に正直に生きてこれているような気がするような気がする。


『明日、ここで自分の人生が終わることを告げられたとしても
「ああ、懸命に生きた、これでよかった」と思えるかどうか。』


38歳7か月、今の時点で、「Yes」といえることを、今日も確認する。
そして同時に
たぶん、この先も、このスタンスで行けばいいと、自分の軸をあらためて固めていく。



たぶん、この先も必ずしもいいことばかりではなく、失敗することも多いはずだけど
死ぬ一歩手前の一日に、
「これでよかった、自分らしく精一杯生きた」といえる人生でありたい。






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posted by takonosuke at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | わたし時間、ひとり時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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