2012年09月19日

書き言葉、話し言葉



「書き言葉」というメディア、「話し言葉」というメディア、どちらか一つを排除せよ、と言われたら、間違いなく、「話し言葉」を捨て、「書き言葉」を残すだろう。

それだけ、数多くの、あまりに多過ぎる失敗を、「話し言葉」の中でしてきた。

話すと間違う、余計なことまで口をついてしまう。この事実に否が応でも気づかされ、風呂敷をたたむように、謙虚に、言葉少なに生きたいと何度願ったか。

ところが自分以外の他者と過ごすとき、その場を少しでも盛り上げねば、と自動的に反応してしまう、哀しい性分により、その願いは何度となく打ち砕かれた。

でも、勢いにまかせて喋りたいことを話し、後悔したり、後味の悪い思いをしたり、誰かを小さく傷つけたりするたびに、ちっとも幸せじゃなかった。


だから、「まったく緊張感を要求せず、盛り上がることを求めておらず、無理に話さずともよい」shunと出会い、結ばれたときには、心底ホッとした。これで余計な言葉を多産せずにすむ。


ようやくそんなモードにも慣れてきたけど、まだまだ道半ば。失敗だらけの毎日。

そして、ブログやFacebook、いまは「対複数の人に向けた書き言葉としてのメディア」をある程度、使うことにより、なにか自己発信?、自己弁護?他者との共感?欲求も満たされているのかもしれない。

いずれにせよ、話し言葉には本当に自信がない。修業が足りないとも思うが、一生、このコンプレックスからは抜け出せずに、失敗を続けることになるのだろう。





posted by takonosuke at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | わたし時間、ひとり時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。