2012年09月19日

書き言葉、話し言葉



「書き言葉」というメディア、「話し言葉」というメディア、どちらか一つを排除せよ、と言われたら、間違いなく、「話し言葉」を捨て、「書き言葉」を残すだろう。

それだけ、数多くの、あまりに多過ぎる失敗を、「話し言葉」の中でしてきた。

話すと間違う、余計なことまで口をついてしまう。この事実に否が応でも気づかされ、風呂敷をたたむように、謙虚に、言葉少なに生きたいと何度願ったか。

ところが自分以外の他者と過ごすとき、その場を少しでも盛り上げねば、と自動的に反応してしまう、哀しい性分により、その願いは何度となく打ち砕かれた。

でも、勢いにまかせて喋りたいことを話し、後悔したり、後味の悪い思いをしたり、誰かを小さく傷つけたりするたびに、ちっとも幸せじゃなかった。


だから、「まったく緊張感を要求せず、盛り上がることを求めておらず、無理に話さずともよい」shunと出会い、結ばれたときには、心底ホッとした。これで余計な言葉を多産せずにすむ。


ようやくそんなモードにも慣れてきたけど、まだまだ道半ば。失敗だらけの毎日。

そして、ブログやFacebook、いまは「対複数の人に向けた書き言葉としてのメディア」をある程度、使うことにより、なにか自己発信?、自己弁護?他者との共感?欲求も満たされているのかもしれない。

いずれにせよ、話し言葉には本当に自信がない。修業が足りないとも思うが、一生、このコンプレックスからは抜け出せずに、失敗を続けることになるのだろう。





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2012年09月08日

どう生きるか、の軸


余裕のあるとき、ほんのたまに、自分に課している簡単なチェック項目。

明日、ここで自分の人生が終わることを告げられたとしても、
「ああ、懸命に生きた、これでよかった」と思えるかどうか。

いいことも悪いことも、
下手したら淡々と続く長い人生のどの瞬間を切り取っても、そう思えるかどうか。



言うのは簡単であって、実際にそうあるのは難しいかもしれない。
でもできるだけ、そうありたいと思いながら歩いている。

日々を精一杯の自分で生き抜き、
どこを切り取っても、
「これでよかった、これ以上にもこれ以下にもできなかった、通るべくしてこの道を歩いてきた」と思える自分でありたい。

オイシックス社長である高橋宏平氏の、創業にまつわる本を読んだ。
 (『Life is vegetable』)
その中に、「人生の中で“なにかに夢中になっている時間”を増やすことが成功の道につながる」というコメントがあった。

きっとそうなのだろうな、とは思えるけれど
超ポジティブ志向でもない私は、自省する時間、がっかりする時間、ドン底まで落ちる時間、
嘆き悲しむ時間、ぼんやりする時間、そんな時間だって、ポジティブなことを考えている時間と同じくらい、愛しく思ってしまう。 そんなどうしようもない時間こそが、自分らしい、ということだってある。

だから、生活の中のすべてがポジティブなベクトルに向かって動いているわけでは決してないけど、「なにかに心が大きく振れること」はずっと大切にしてきたし、それが自分の軸であるとあらためて思った。

なにかの外的要因から、自分の心が小さくとも揺れたとき。
その波紋を見逃さずに、自分の中に波動が起きるまで、自分を揺さぶってみること。

そうやって新しいエネルギーが生まれてくるようなことが、よくあるような気がする。
これかもしれない、と思ったら、目をかけてみる、手間をかけてみる、片足突っ込んでみる、
そしてなにか確信のようなものが芽生えてきたら、よいしょっとそっちのコースに乗ってみる。

なんとなく、そんなふうにして選んできた道だった。
結果、ある程度、自分に正直に生きてこれているような気がするような気がする。


『明日、ここで自分の人生が終わることを告げられたとしても
「ああ、懸命に生きた、これでよかった」と思えるかどうか。』


38歳7か月、今の時点で、「Yes」といえることを、今日も確認する。
そして同時に
たぶん、この先も、このスタンスで行けばいいと、自分の軸をあらためて固めていく。



たぶん、この先も必ずしもいいことばかりではなく、失敗することも多いはずだけど
死ぬ一歩手前の一日に、
「これでよかった、自分らしく精一杯生きた」といえる人生でありたい。






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2011年11月04日

ジャカルタで思うこと@四季


南国にくるといつも思う。
こんなに暑くて、こんなに明るくて。
こんなにフルーツがおいしくて、こんなにオープンで。

こんな場所で暮らせたら、どんなに明るく開放的な人生になるだろうと。
毎日笑って暮らせるような気がしてしまう。

でも。
おそらく、想像できる。

日本の四季、 four seasons がなかったら、今の私はできていなかった。


春先の浮き立つようなさわやかさに心くすぐられ、

真夏の照りつける太陽に心を焦がされ、好きなだけ自由人になり。

秋の紅葉の美しさに目を奪われて、ざわざわと胸の波動を感じたり、

冬の凍てつく寒さに、ひとりでいる孤独さと、誰かの小さな温もりを感じ取る。


四季を感じる自分がいなかったら、
こんなに淋しくなることもなければ、こんなに温かさを知ることもなかった。

自然に訪れる四季の変化に
ごく自然に寄り添い、身も心も、その流れの中に浸して漂わせながら生きること、
そんな生活の中で育まれる性質のものが、間違いなく、ある。


彩りある四季の中に生きる幸せ、
これは普段、あたりまえすぎて、なかなか気づけない、でもとても貴重な幸せ。





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2011年08月20日

リセット


圧倒的にcapacityオーバーな日々。


ニューヨークとの時差は11時間。 完全に、朝と夜が逆転してる。

米国向けの仕事をはじめて、
ついつい、向こうの時間にあわせたワークスタイルをとってしまうと
自分が日本の時間を生きているのか、NYの時間を生きているのか、
だんだん体の感覚がおかしくなってくる。

8月は、ロス→サンフランシスコ→NYの出張を終え
今は、時差ぼけまっただなか。

時差さえなければ、といつも思う。
時差さえなければ、もっとやれることはたくさんあるし、
心や感覚をあわせることも、もっとたやすいはず。

・・・なんで地球は丸いんだろう、苦笑。


今日、3,4週間ぶりに自分のスイッチを切って、本当にホッとした。
リリカのお昼寝を口実に、午前中と、午後と、2回も眠ってしまいました^^



いっぱいいっぱいで、混沌としている自分の中の曖昧さを
ひとつひとつ棚卸し。

9月を迎えたら、そんなことにも少しは時間を使いたい。




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2010年12月30日

Thanks, 2010


忙しかった2010。
もうそれはそれは嵐のようであり、我ながらなにかの喜劇を見ているようでもあったけれど
子供たちは毎日、とてもかわいかったし、shunもやさしく、よきパパ、よきだんなさんでした。

私が、毎日バッターボックスに立って、
猛スピードの剛球を浴びつづけて、悲鳴をあげそうになっていたとき
隣の席の先輩がメールでささやいてくれた。

忙しいのは期待されている証拠。
皆に必要とされていること。
忙しいのはありがたい。
(だからがんばりなさい。忙しいけれど、あなたはこれでいい。)

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仕事も忙しいし、家でもいつも動いてる。

でもその在り方が、今の私の充実度そのものだ。

走り続ける中でこそ見えてくるものもある。


MyPrivate2010

*タイシの小学校入学
*リリカがかわいい真っ盛りの3歳、秋には七五三
*結婚11周年、夏の北海道旅行

MyWorks2010

*3月のオランダ教育視察
*新小1向け新商品立ち上げ

MyHopes2011

*英語がんばる
*仕事で新境地開拓
*3月ニュージーランド計画
*家族のための、引き続きごはん&お弁当作りと健康キープ
*shunともっと話す時間つくる (はやく寝ない・・・)
*自分を振り返る時間をもつ (もちたい・・・)


・・・と、あいかわらず、すでに欲張り気味(汗)
適度にバランスとりつつ、2011も走りつづけマス!




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2010年05月21日

最近の出来事から

お葬式。
夫のおばあちゃんがなくなった。
自分には、骨になる前にやりたいこと、やるべきことがたくさんある、とあらためて思う。

おわらない仕事。
立て続く早朝出勤のときと、ストレスで家族にボヤいてしまうとき。
こんなふうにしかできないなら、仕事をやめたほうがいいのかなあと思う。
同時にそんな自分はありえないことに気づく、この出口のなさ、トンネルの深さ。

1年熟成の自家製梅酒。
これほどまでに、この1年で自分は熟成できたのか?と、思わずうなりたくなる、
味の深みと香ばしさ。
どんなに忙しくとも、今年も仕込もう、梅酒に梅ジュース。

年上の部下。
尊敬語と謙譲語と、心遣いと敬意が入り混じる、
日本語の、ああややこしいこと、間違いの多いこと、自分の未熟であること。

夫と飲む酒。
気安く愚痴れて、気安くもたれかかれる相手がいてよかった、助かった。






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2009年09月06日

30半ばに思うこと

今日も玄米おにぎりをもって、家族でピクニック。
タイシは、馬に乗って、パパと野球を7回戦までやって、アスレチック三昧と、大満喫。
リリカは途中で、木陰でお昼寝。
リリカにつきあう私も、かれこれ3時間近く、木陰で涼んでいたけれど、
おかげで一冊、本を読破。
マイナスイオンもたくさん吸い込んで、ああ、今日もいい一日でした。

本を読みながら、ポケ〜っと思ったこと。

私は、27,8歳くらいのときから、「なにがなんでも一番!!」を目指すことをしなくなった。
二番手、三番手くらいでちょうどいい・・・。  
たぶん、そう思うにいたるには、結婚や出産という、プライベートの安定感が影響したと思う。

30すぎたら、人の悪口をまったく言わなくなった。
(いや、それまでも、そんなに誰かを悪くいうことはなかったと思うけど、
「不平不満=グチ」という体裁でいうことはあったように思う)
子どもと仕事のある毎日はありがたくて、不平不満より「感謝」が多くなった。 
そのこと自体がありがたい・・・。

35が近づいてきた今気づくのは、
「誰かに褒められる」ことより、「他の誰かを褒めること」のほうが楽しくなった。
仕事の立ち位置も影響してるかもしれないけど、
少しずつ、物事を大きく見られるようになってきた気もしないでもない。

30代って、なかなか、いい。
尖りすぎてなく、焦りすぎてなく、心地よい安定感と自信と余裕もうまれてきて、
でも、まだまだ、何かをめざせる、何者かになれそうな気がする可能性にもあふれていて。

うん、30代は、なかなか、いい。
こんな私が、40に向かう頃には、どんな自分になっているんだろう???




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2009年08月09日

昔時間、今時間。


甘くて切なくて、笑っちゃうような幼少の時期を、一緒に過ごした、仲間がいる。

今の自分に比べれば、あまりに未熟で、あまりに幼くて、あまりに無鉄砲な。
恥ずかしいような自分を、そのままに受け入れてもらっていた時代があった。

小中学校時代の同窓会。 20年ぶりにあう面々。

ああ、なんて恥ずかしいんだろう。

面影を少しずつ残しながら、それでも着実にそれぞれの人生を抱えて、変わっていってる。

いくつもの素敵な人生が交錯する一瞬。

久しぶりに会う大事な大事な親友が、障害のある子を抱えてシングルマザーで育ててた。
いろいろなことがあるに違いないのに
昔より、キラキラしていて、素敵で、笑顔がピカイチだった。

私は、彼らに、恥ずかしくない生き方をできてるだろうか。

仕事と家庭、狭い世界を往復する私の
背中を押してくれる「絆」が、もうひとつあったことが思い出されて、うれしかった。

タマゴ、いい機会をありがとう。




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2008年07月22日

自分の本番はいつ?

仕事にいくときの自分は、まるで、朝、鏡を前にメイクを施しながら、
「よろいを身にまとって戦場に出向いていく」ような気分であることが多かった。

職場にいけば「敵だらけ」というわけでもないし、
常に「戦いモード」なわけでもないのだけれど
常に緊張感がともない、甘えも許されず、言うならば、「自分との戦い」をしに
出向いていたような気がする。
会社のビルの前にくると、いつも、「負けない。」と呪文のようにひと言となえて、
心のネジを巻いた。
「誰かに、なにかに、負けない」ということではなく、
「自分に負けない」という意味の「負けない。」なのだった。

いつも気持ちは「シャン!」と背筋が伸びていたし、
自分の一挙手一投足、すべてに、自分で責任を負うつもりで、
すべての発言をし、すべての企画書を書き、新しい価値を生み出す作業に没頭した。
アドレナリン〜交感神経優位の緊張&興奮ホルモン〜が、次から次へと沸いて出る感じ。
いい回路にはまれば、ある程度のストレスの中でこそ、いいアウトプットが次々生まれた。


一方、育休中の今は、ゆる〜い生活。
これはこれで、夢にまでみた(苦笑)、ゆったり生活なのだけれど、
ここに来てみれば、「ああー ここは決して、自分の“本番”ではないんだなあ」とも思う。

ドーパミン〜副交感神経優位のリラックスホルモン〜が、ゆるゆると体内を浮遊して
足の先から頭のてっぺんまで、ゆるーん。
笑顔が増えて、他愛もないおしゃべりが増えて、家族の笑顔も増える。 ゆるゆるーん。


こちら側(育休中)も、あちら側(仕事本番中)も、
どちらも自分の人生の「本番」であるには違いないのだけれど
発揮される能力の種類がだいぶ違う。

より研ぎ澄まされて、よりMAXに近い形で能力発揮して、さらに伸ばされていっているのは
やはり仕事をしているときの自分。

ラクな自分に回帰して、自分を取り戻して、リラックスして、
人のあたたかさや、潤いある生活の美しさに気づくのは、こちら側にいるときの自分。

もはや、オセロの白と黒のように、
私の表側と裏側。 どっちも必要で、どっちかがないと、なにかバランスに欠ける。


・・・なんて、分析してみたりして。
こんなことを感じているうちは、結局、仕事を続けていくんだろうなあ。
そろそろ、仕事が恋しい季節!?!?


いやあ、まだまだ、楽しまなくっちゃ♪





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2008年07月16日

花を買う

・・・非日常といえば。
時々だが、ふと気が向いたとき、花を買うことにしている。

庭の花をチョンチョンと切って、ざっくばらんに活けてもよいけれど
時々はあえて、花屋さんで買う。

花を買った日には、たとえ実状がどうであれ(^^;
なんとなく、ていねいに暮らしているような気持ちになる。

まず、花を飾るダイニングや玄関が、スッキリと片付いている必要がある。

そして、家事や育児の手を一瞬でも休めて、
花に目をやる心のゆとりも持ち合わせている必要がある。

裏返していえば、いつも花を買えるくらいの自分でありたい。

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余談だが、shunはうまく花を買えない。
「私がもらって一番うれしいプレゼントは、お花だよ」と幾度も伝えてあるのに
実際、彼が花を抱えて帰ってきたのは、
ここ10年来で数えるほどしかない。

たぶん、花を活けることのうれしさを、どう想像してもピンとこないのだろうし、
花を買うという行為自体の照れくささもあるのだろう。

頼んでもいないのに、ちょっと私好みで、かつ、意外性のある花束なんかを
ヒョイとプレゼントしてくれる旦那さんだったりしたら、どんなに素敵だろうと
思うこともあるけれど、もしかしたら、そんなshunがいたら
少し気味悪いかもしれない・・・・。  
・・・ないものねだりはやめましょう。笑。




そして私はときどき、自分のためと、ほんの少し、家族のことも考えながら花を選ぶ。




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2008年07月04日

ストレスフル、フル♪

最近、やってみたいこと。


その1、ひとり旅。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

できれば、イタリア、フィレンツェ。
美術館のカフェで時間を気にせず、空を眺めてコーヒー飲みたい。

その2、飲んだくれる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たぶん、今なら相当、弱くなってるけど。
ビールとワイン、ともにグラス2杯が限界か・・・? 
この量で十分、「飲んだくれ」気分になれるはず!

その3、shunをひとりじめ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつも子どもに、shunをとられちゃうんだよね。
たまには独り占めデートでもしたいなあ。



あああ、これって育児ストレス!?!?
いやいや、幸せな毎日よ。
だいたいにおいて、よきお母さんよ。
でも、たまーに、不良ママにもなりたいねぇ・・・。 たまーに・・・。




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posted by takonosuke at 22:27| Comment(4) | TrackBack(0) | わたし時間、ひとり時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月10日

折り返し地点

ずいぶん前に、
「35歳だから、人生の折り返し地点だと思って。新しい一歩を踏み出すことにします。」と、
言い残して会社をやめていった先輩がいたっけ。

尊敬する友人が、この10年を振り返り、
その充実ぶり&ドタバタぶり(笑)に、自らうなっていた。


私の10年は、結婚の10年と重なる。
25歳にはじまった結婚生活。
新婚時代をラブラブに(?)満喫しながらの、遠距離通勤。
さまざまな旅行。
shunの思い切った転職。
都内への引越し。
職場が近くなってから、波に乗り出した、仕事の充実。

そして仕事がひと段落してから、さずかった待望の男の子、タイシ。
一戸建てを購入して、やっと地に足ついた暮らしをはじめた我が家、
3人家族から4人家族へ。待望の女の子、リリカを迎えた。

古くから知る友人に、よく、「すごくマットウに生きてるね」といわれることがある。
そうかもしれない。
でもひとつひとつ乗り越えてきたものは、そのひとつひとつが、真剣で私らしい選択だった。

この10年は、家族との歴史。
めまぐるしく環境のかわった20代後半から30代、家族と共に駆け抜けてきた。
次々に発見した、「いままでと違う自分」。

さて、次の10年、私はどんな思いでどんなチャレンジをするだろう。
ママであり、妻であり、女であり、
職業人であり、人間であり、私らしい私である、このわたし。

この10年で見えてきたものの確かな手応えを自信に、
自分なりのチャレンジを続ける私でありたい。

                                 (special thanks to=mahaさん)




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2008年02月06日

祈る


過去記事でこんなことを書いたのだけれど
             http://tekuteku-takiko.seesaa.net/article/57555983.html
>私が寺社仏閣に手をあわせるときは、「△△△できますように」と願うのではなく 
>「△△△できるようにがんばるので、見守っていてください」と祈るだけです。 



ただただ、「ひたすらに祈る」ということも、やはりあるよなあ。

とくに子供のことは。


リリカのことで少し心配なことがあり、
なんとなくしょんぼりしがちな今日このごろです。

当のリリカはとても毎日をうれしそうに、にこやかなので、私も
穏やかな気持ちで日々を暮らしていきたいのですが。


子供を育て上げるというのは、「祈り」の連続でもあるかもしれない。







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2007年12月27日

主婦する私

年の瀬。
職場だけでなく、家の中も大忙しの季節。

普段は仕事をしているとはいえ、結婚9年目になるので、
さすがに家のことも、板にはついてきている。

でもこの1週間は、テンテコマイでした。
2ヶ月の赤ちゃんと、暴れん坊の4歳男児を抱えているから、まあ当然ではあるのだけれど
それに加え、
shunが風邪をこじらせて入院してしまったから。

子守の「アテ」にしていたパパの手を借りることもできず
さらには病院通い、感染力が強いとのことで家の中の大掃除・・・。

子供たちと夫と、3人分の面倒を一手に引き受けることになった。
当然、私の中では初めてのことで、これはもう、賞賛に値するくらいのことなんだけど(笑)
別に、誰に褒められるでもなく(・・・あたりまえですね・・・)

そりゃあもう、目が回るほど、家の中をクルクル動き回って、
力尽きたころに病院に向かい、ヘロヘロになって帰ってきて、
タイシによじのぼられたときには、もう抵抗する余力も消えうせ、なされるがまま・・・笑。

ま、こんなことは、これからの人生、いくらでも勃発するのでしょう。

私は仕事をしているので、だいぶ気分転換できているほうだと思うけれど、
主婦ってやっぱり大変。
こまごまと雑多に大変なわりには、
仕事と違って他者評価もないし、目に見える報酬もないし^^。

でもこうして、淡々と、脈々と、日々の生活をきちんと積み重ねていくことって
とても大事なんだろうな。

その中で、育っていくもの、見えてくることは、必ずある。
子供の成長が一番わかりやすいものだけれど。
夫婦の愛情や、家族の絆なんてものも、その類なんだろうな。

きちん、きちんと、
日々のていねいな暮らしを織り成していくこと。

育休を満喫できる来年も、一日一日を、そんなふうに大切に過ごしていきたい。





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posted by takonosuke at 14:09| Comment(2) | TrackBack(0) | わたし時間、ひとり時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月23日

ピアノ記念日

タイトルと関係ありませんが
ひどい腰痛・・・。(突然、今朝から。普段はまったく腰痛持ちなんかじゃないのに!!)

立ち上がれないほどで、家の中でも杖がほしい・・・。 もうおばあちゃんだ・・・。

で、こんなサイアクな日でも、とってもいいことがありました!

念願のピアノが我が家にやってきた!

これは、shunからのお誕生日プレゼント。
結婚以来、ずっと言い続けてきた、「実家からピアノを持ってきたい〜」という願いが
9年目にしてやっとshunの耳に届いたようで(・・・長い道のり!)
タイシが楽器に興味深々なこともあって
突然、お誕生日の日に、「ピアノ、いいよ〜^^」ということになったのでした。
(誕生日はだいぶ前だが、妊娠騒動でいろいろな手続きが今になってやっと実現!)

わーい!
クリーニングにも出したので、もう30年モノのピアノが
ピカピカに生まれかわって我が家に到着。

腰痛もすっかり忘れて、今日はピアノを堪能した1日。
弾ける曲はだいぶ少なくなっていたけど、、、。

ドボルザークの「ユーモレスク」が大好きだったのだけれど、
楽譜をなくしていたので、新たに購入。

おそるおそる弾いてみると・・・。
わあ、弾ける。 だって何年ぶりだ? 明らかに10年ぶり近いのだ。
なのに、弾けるもんだ・・・・。 指が憶えてるのだ。

うれしかった。
ピアノのある人生が戻ってきた。

shunは、いろいろな理由で敬遠していたのだと思うけど
あえて、寛大に決めてくれた。 うれしかった。

私の人生に、ピアノが戻ってきた。

腰は痛いけど、今日は貴重な、ピアノ記念日。
posted by takonosuke at 18:08| Comment(2) | TrackBack(0) | わたし時間、ひとり時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月16日

人生はバランス

大学時代の芝居仲間だった男の子が
なにかの折に、

「人生はバランスだよ」

と、つぶやいていたのが、ずっと体に残っている。

いくつか、人の言葉がスッと体に入って、
いつのまにか自分の中のセオリーみたいになっていることがあるけれど、                                                     この言葉も、今では私の人生に欠かせないセオリーのひとつ。

人生はバランス。

いいことがあれば、悪いこともある。
ラッキーなことがあれば、不運なこともある。
苦労があれば、楽しいこともある。

裏を返せば、「ラクして、幸せ」というのは、まったくもって信憑性がない。

だからたぶん、これからの人生も、
努力することはやめないし、
なにかを待ち続けるだけの姿勢になることはないし、
誰かに甘えつづけることもない。

なぜこんなことを書くのかというと、あまりにくだらないかもしれないが
今日、取引先のパーティーで、わりと高額な旅行券をあててしまった。

うれしいんだけど、自分の精神が、バランスとろうとしちゃうんだよね。
「うーん、なにか次は悪いことがあるかもしれない」と身構える。笑。

庶民っぽいけど、ある種の自己防衛でもある。
常に、「今、自分になにが起きたら、最大のリスクか」みたいなことは、                                         頭のどこかでは考えている。

どこかで考えているのと、考えていないのでは
実際にそのリスクが起きたときの、身の施し方がまったく違う。

これが私のバランスのとりかた。
すっごくいいこともあるけど、ちょっと悪いことも時にはおこる。

いいことばかり続いたら、それはあまり信憑性がなくて
自らすすんで、苦労を取りにいったりもする。

「ちょっと幸せ」  「まあ幸せ」
このくらいのバランス感が心地いい。

「すっごい幸せ」と思えたら
そう思えることをうれしく思いながらも、
「ううん、ぼんやりしてたらこのままであるはずがない」とどこかで思って
次へのステップを踏み始める。


ここ10年くらい、そんなふうに歩き続けてる。
とくに急ぎ足でもなく、私なりの、てくてくモード。


posted by takonosuke at 00:36| Comment(2) | TrackBack(0) | わたし時間、ひとり時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月29日

早朝ウォーキング

たまーにやるんだけれど、
久しぶりに、5時半起きして、ウォーキングしてみたら・・・・

 

なんとまあ、キレイな朝日。 

カメラを持っていなくて残念!


そしてこんな朝早くに誰にも会うことないだろうと思っていたら
保育園の先生にバッタリ。 (向こうは早朝仕事・・・。)


みんながんばるなあ。


さて、私も、体のネジを、ギリリ、ギリリ、と巻いてみます。
いつもは、2回くらいしかネジを巻かないけど
年度をまたがるこの時期から4月くらいにかけては
着々と職場が嵐の気配となっていくので
毎日、5回くらいはネジを巻くことになります。


・・・気合。
がんばるのだ。

 


 

posted by takonosuke at 06:27| Comment(3) | TrackBack(0) | わたし時間、ひとり時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月21日

指の記憶♪

piano.jpg
 
実家に帰ると、ピアノを弾きます。
3歳のときからの、いつもの相棒。
 
結婚して実家を離れてからは
ひどいときには、3ヶ月、半年・・・とそいつから離れるときもあるのだけれど
 
ひさびさに、おそるおそる、鍵盤に手をおいてみると、びっくり。
指が、ちゃんと覚えている。
 
かなりの曲目は忘れてしまったり、楽譜が行方不明になってしまったりして
今、弾けるのは、クレイダーマンの簡単な数曲程度なんだけれども
 
楽譜をちらりと見ただけで、指が勝手に、次から次へとメロディをつむいでいく。
 
ふしぎ。
私の脳と指って、どうやってつながっているんだろう。
 
私じゃなくて、指が奏でていく感じ。
 
これまで、ピアノと、それから、OBOE(オーボエ)を少しさわったことがある。
OBOEは、とてもおだやかで、澄んだ音色の木管楽器。
最初はとんでもない音が出てくるのだけれど、使いこなせばこなすほど、                             やわらかい音が出るようになっていく。
小さな2枚の葦(あし)でできたリードを、口笛のように微妙に吹きこなすことで、                         ニュアンスがかわる。
その微妙さ、繊細さが美しい楽器。今でも、この世で一番好きな音色。
 
OBOEは単音なので、他の楽器とあわせるのが一番、楽しい。
中学のときに吹奏楽の中でその楽器に出会い
高校のときは、弦楽器とのアンサンブルを楽しんだ。
 
でもピアノの楽しみ方は、また別。
それひとつで完結できる楽器だから、
ひとり気ままに、自分の感情をそのまま乗せて奏でられるのが好き。
 
12歳頃までは、教えられるがままに・・・                                                なにかの型にはめるような弾き方をしていたけれど
ある頃から、自由奔放に思いのままに弾くようになったら、グンと好きになった。
 
本当に、ときどきしか弾かないけれど
音楽のある人生っていいな、と思う。
 
誰にも説明できないようなことを、慰められたり。   
                                                                                                                           うまく言葉にできないことが、メロディになっていく。
 
いつか、今の家にも、ピアノをお招きできたら、いいのにな。
 
 
 
 
 
posted by takonosuke at 23:36| Comment(6) | TrackBack(0) | わたし時間、ひとり時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月12日

20代

今日は、20代の職場の女の子たちに囲まれて飲んできました。
みんな、恋に、仕事に、生活の満足度について、悩み多きお年頃でした^^。
 
「たこのすけさんの(人生の)満足のツボはどこですか?」と、                                                       大勢に責めるように(!?)たずねられ
(ええ? そりゃ、満足のツボはひとつじゃないからねぇ・・・。)と、                                                         年寄りらしくモゴモゴした私ですが
(だって、なにいってもしっくりこないだろ?                                                                     自分で越えなきゃ、しっくりはこないんですよねぇ・・・。 ねぇ?)
 
今、ここにきてみると、
20代に戻れといわれても、やはり、戻りたくないですね。

(ああ、そりゃ、いいですけどね・・・。若さ、とか。笑。 恋多き、とか。笑。)
 
たしかに自分も、迷ったり、悩んだり、戸惑ったりした20代を送りましたが
結局、そのなかでの、ひとつひとつの決断の積み重ねが、今の自分なんだなあと、                                          しみじみ思った夜でした。 ・・・あたりまえのようですが。

その積み重ねの、ひとつひとつの重さを思うと、                                                                          「捨てろ」といわれても、しがみついて、離しません^^。
 
今日はお昼に、40代のカッコイイ先輩(女性)とランチをして、
そのカッコイイ生き方が心に響きまくり、
夜になったら、20代の女の子たちに責めたてられて(笑)、
人生の来た道と、行く末に思いを馳せた、ヘビーな30代の1日でした。
 
ふぅ、今週は長かった。
新しい年明け、皆様、おつかれさま。。。
 
 
 

posted by takonosuke at 23:49| Comment(5) | TrackBack(0) | わたし時間、ひとり時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月24日

いいことと悪いこと

これまで30年間あまりの人生を生きてきた中で、
20代くらいから、「ああ、だいたい、いいことと、あまりよくないことは、半分ずつくらいなんだ」ということがわかってきて、そういう覚悟をもって生きている。
 
小学生、中学生の時代は、とてもいい思いをして大きくなったけど
高校時代は切ないことのほうが多かった。
 
自分の人生、このままいくのかと思っていたら、大学の途中くらいからよくなった。
 
会社の中でも、今の生活でもそう。
心から楽しいこともあれば、心から苦しく、大変なこともある。(後者はとくに仕事。)
 
でも、もし、これが、「ラクチンで楽しいことだらけ」の人生だったら
かえって、私はその状態を怪しく、疑ってみるだろう。
 
「苦しく、大変なこともあるから、楽しいときは、楽しいのだ。」 
このほうが、よっぽど、腑に落ちる。 わかりやすい。 ウン。 
 
なので、ちょっとの苦労なら、買ってでもしようという気でいるし
「そのほうが、自分の成長にもなる」とかなんとか、自分を励まし、鍛える理由にもなる。
 
あと、とてもイヤなことや悲しく落ち込むことがあったときでも
「ああ、この程度ですむのなら、まあいいか。 これも楽しさ、幸せの代償としての苦しみのひとつ」と、冷静に受け止められる。 多少のことであれば。
 
自分の人生は、どこか、こうして、バランスが保たれているのだけど
その人生をくぐり抜けてきた中で、習得した技術がひとつ。
 
「のど元過ぎれば、熱さ忘れる」で
記憶の中には、悪いことは凝縮されて片すみのほうに残り、
よかったことは、肥大化して、心の中で輝き続ける。
 
結果、おそらく、過去のいいことと悪いことは、半々ずつくらいだったんだろうけれど、
なんとなく、これまでの自分の人生には、「いいこと」のほうが多かったような気がする。
 
ある程度、楽観主義であること。
 
たくましく幸せに生きるために、欠かせない、人生のひとつの方法論。
 
 
 
 
posted by takonosuke at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | わたし時間、ひとり時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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